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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1041号 判決 1967年1月24日

控訴人(原告) 鈴木章仁

被控訴人(被告) 社団法人日本青年会議所

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人との間に昭和三八年三月一五日締結された職員としての期間の定めのない雇傭契約が引き続き存在することを確認する。被控訴人は控訴人に対し昭和三九年四月以降毎月二五日限り一ケ月二五、〇〇〇円宛の金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否、援用は、左に掲げるほかは、原判決の事実摘示と同様であるからこれを引用する。

一  控訴代理人は、

(一)、被控訴人の就業規則三二条にいう「執務能力が著しく不良」というのは、単なる事務処理能力に限定したものであつて、被控訴人の主張する「協調性がない」、「一般良識を欠く」、「強暴性あり」などということとは全く関係がない。被控訴人は右「執務能力」を全人格的なものと捉えているが、人格的な問題は、四一条以下の懲戒の条項に規定しているのである。本件解雇は、就業規則に規定する「執務能力」の意義を不当に拡張して解釈し、その適用を誤つたものである。仮に、執務能力の点について被控訴人の主張が認められるとしても、控訴人の執務能力が「不良」であつた事実はなく、また「将来改善の見込がない」ということはない。それにもかかわらず、控訴人に対し解雇をもつて臨むのは、被控訴人の権利の濫用といわなければならない。

(二)、控訴人に対する解雇は、米原専務理事ないし咲山事務局長等による一方的判断により全く事務的に処理されたものである。しかも、控訴人は昭和三九年二月二五日に出社したところ、被控訴人は、二月分給料と同時に身分証明書および通勤証明書(甲第六号証の一、二)を交付しながら、旬日を出ない同月二九日に控訴人を理事会の決議により解雇したのだとすれば、全く控訴人の人権、生活権を無視したペテン師的仕打であつて、解雇権の濫用も甚だしいというべきである。

と述べ

二  被控訴代理人は、

(一)、控訴人主張のごとく、給料を支払い、身分証明書、通勤証明書を交付した事実は認める。控訴人がまだ解雇されていない時期に、同人に対して右書類を交付したのは当然のことである。控訴人主張の権利濫用の事実は否認する。

(二)、控訴人が常識に欠け将来の見込がないと判断されたことは、本件第一審判決があつてから、昭和四一年三月に咲山事務局長を千葉中央警察に、控訴人を解雇したことが背任にあたるとして告訴したり、本事件を審理判決した第一審の裁判官三名を国会の訴追委員会に訴追に及んだことによつても明白である。

と述べた。

三  証拠<省略>

理由

一、控訴人が昭和三八年三月一五日被控訴人の職員として期間の定めなく採用され、二ケ月の試用期間を経て同年五月一五日本採用となり、被控訴人から基本給として一ケ月金二五、〇〇〇円を毎月二五日限り支給されていたこと、被控訴人が昭和三九年三月七日付内容証明郵便をもつて控訴人に対し、控訴人を被控訴人の就業規則三二条一項一号に該当することを理由に、解雇の意思表示をし、その書面が同日控訴人に到達したことは、当事者間に争いのないところである。

二、控訴人は、「右解雇は就業規則三二条所定の理事会の議決を経ないでなされたものであるから無効である。」と主張するが、この点に関する当裁判所の事実認定及びこれに対する判断は、原判決の示すところと同一であるから、その理由(記録一九丁八行目から二〇丁八行目まで)を引用する。当審証人牛尾治郎の証言によつても、右認定の事実を動かすことはできない。

三、控訴人は、就業規則三二条一項二号にいう「執務能力が著しく不良」というのは、単なる事務処理能力に限定して考えるべきであるのに、被控訴人はこれを不当に拡張して解釈し、その適用を誤つたものであるから、本件解雇は無効である、と主張するので、この点について判断する。成立に争いのない乙第一〇号証によれば、前記三二条は、被控訴人就業規則第五章休職退職の章下の規定であつて、その第一項には、理事会が1、不具廃疾その他精神又は身体に故障があるか若しくは虚弱疾病老衰その他事務に耐え得ないと認めたとき、2、執務能力が著しく不良であつて将来の見込がないと認めたとき、いずれも職員を解雇しうべきこと及びこの場合には「少くとも三〇日前に予告するか又は三〇日分の予告手当を支払つて」解雇すべきことを定め、且つその第二項に「前項の予告の日数は平均給料を支払つた場合は、その支払つた日数だけ予告期間を短縮することができる。」と規定していることが認められ、また、同規則第八章表彰懲戒の章下にある同規則四四条三号は、職員の「業務実績の挙がらないとき」と規定し、この場合は、同規則四一条により、予告期間をおかず、理事会の議決により懲戒解雇を命ずることができる旨定めていることが認められる。さらに、成立に争いのない乙第一一号証と原審証人米原正博、同咲山文男の証言によると、被控訴人日本青年会議所は、全国二八三都市の青年会議所を正会員とする法人であつて、各地青年会議所の行なう地域開発、社会奉仕等につき連絡、調整、指示をする被控訴人事務局の担当事務は、十余にのぼる各種委員会並びに一企画室の運営のほか庶務、人事、経理その他に及び、わずか十名内外の被控訴人事務局の職員では手不足であり、総会、理事会、委員会などを開催する場合には、事務局長以下職員全体が互に協力し、緊密ないわゆる「チームワーク」をとる必要があることが認められるのである。そこで、右事実を前提として、前記諸規定を包含する就業規則全部を対照し、右三二条二号の趣旨を考察する。被控訴人事務局のような小人数で職員相互のチームワークを必要とする職場においては、一般の工場労働者などとは趣を異にし、職員各自の個性が問題となり、相互に人格が尊重され、偏狭な行為が排斥されなければならない(就業規則一〇条二号、三号参照)のであるから、当該職場という社会に適応する能力を有しない者は、その職場の事務を遂行する上に妨げとなるものとして、これを排除する手段が講ぜられることは、異とするに足りないところである。右規則三二条において、執務成績不良といわず、特に執務能力不良という文言が用いられたのは、まさに、右のような場合を考慮に入れた上でのことと察せられる。したがつて、ここにいう執務能力不良とは、職場に適応する能力に欠ける場合を包含するものと解するのが相当である。そして職場に適応する能力に「著しく」欠け、しかも「将来の見込がない」と理事会が判断したとき、ここに右三二条二号の適用を見るにいたるのである。当裁判所はこのように考えるのであつてこの点の控訴人の主張は採用し難い。

四、以上の観点に立つて、本件解雇を議決するにあたつてした前記理事会の判断が相当であるかどうかを考えるに、成立に争いのない甲第四号証、原審証人咲山文男の証言によつて成立を認める乙第七号証、前顕証人米原正博、咲山文男、原審証人吉元正治(一部)、元嶋良子(一部)、小林慶子、当審証人小高勘治(一部)の各証言及び原審における控訴人本人尋問の結果の一部によれば、原審がその理由(2)、(イ)ないし(ニ)において判示した各事実(原判決二二丁裏五行目から二四丁表二行目まで、但し、記録二三丁表六行目に「会頭」とあるのを「副会頭」と改める。)ならびに右(ニ)の事実のあつた日の夕刻控訴人は元嶋良子を被控訴人事務所のあるビルの出口で待ち伏せし、良子をして困惑、恐怖の念をいだかせたことを認めることができる。(右認定に反する証人小高勘治の証言は採用しない。)そして右各事実と前示乙第七号証、成立に争いのない乙第一二号証、第一三号証の三および弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は社会生活をしてゆく人間として常識に欠けるところが多く、協調性に乏しく、強暴であることが認められる。これらの事実を通観し、右控訴人の性格を合わせて検討すると、控訴人は被控訴人の職場に適応する能力を著しく欠いており、かつ将来の見込がないものといえるから、前記理事会の判断は、結局相当であるといわなければならない。原審における控訴人本人尋問の結果によつて認められる、控訴人の作成したJ・Cデー統一行事の実態報告書につき副会頭らから力作として賞讃されたことがあるという一事だけでは、右認定を左右することはできない。してみれば、本件解雇が就業規則の適用を誤つたものとする控訴人の主張は採用のかぎりではない。

五、控訴人は、被控訴人が控訴人を解雇したのは、権利の濫用であると主張するけれども、本件解雇が米原専務理事ないし咲山事務局長らによる一方的判断により事務的に処理されたものとする点については、これを認めるべき証拠なく、上来認定の事実関係の下では、控訴人を解雇したことをもつて解雇権の乱用とは到底云うことができない。控訴人の主張の採用しえないことは明らかである。なお、被控訴人が昭和三九年二月二五日に控訴人に対し二月分の給料と同時に身分証明書及び通勤証明書を交付したことは、被控訴人の認めるところであるけれども、当時控訴人は未だ解雇されていないのであるから、被控訴人が給料を支払い右各書類を交付したのは寧ろ当然の措置であり、その後間もなく、控訴人を解雇したからと云つて、解雇権の乱用とはならないことはいうまでもない。

六、前示就業規則三二条において、「少くとも三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均給料を支払つて解雇する。前項の予告の日数は平均給料を支払つた場合はその支払つた日数だけ予告期間を短縮することができる。」と定められた趣旨は、労働基準法二〇条一項本文及び同条二項の規定するところと同一と認められるが、当裁判所は、この場合、民法六二七条二項の適用は排除されるものと解する。ところで、本件においては、昭和三九年二月二九日被控訴人理事会において控訴人を解雇する旨の議決がなされ、右解雇の意思表示が同年三月七日控訴人に対してなされたことは前認定のとおりであり解雇手当三〇日分金二五、〇〇〇円が遅くとも同月一一日控訴人に支払われたことは当事者間に争いのないところであるから、本件雇傭契約は、おそくとも昭和三九年三月一一日をもつて終了したものというべきである。

七、したがつて、同年四月以降も雇傭契約関係が存続することを前提として、右契約関係の確認ならびに昭和三九年四月以降一ケ月金二五、〇〇〇円の割合による賃金の支払を求める控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴はその理由がない。よつて、民訴法三八四条一項により本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三淵乾太郎 伊藤顕信 土井俊文)

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